
多店舗展開を進める際、「マニュアルさえ作れば、店の質は維持できるはずだ」と考えていませんか?しかし、多くの経営者様が直面するのは、せっかく時間をかけて作ったマニュアルが現場で使われず、形骸化してしまうという現実です。その結果、店舗が増えるたびに、接客や料理の品質がバラバラになり、売上が低下してしまう——。本記事では、その根本原因をToshiの現場経験から解き明かし、「人を活かす経営」を実現するための、現場が自ら動く「生きたマニュアル」の作り方と活用方法を徹底解説します。
1,マニュアルの「本来」の役割と活用方法とは?
多くの方が、「多店舗化を進めるにはマニュアルが必要だ」「きちんとした仕事をさせるためにはマニュアルが必要」とマニュアル整備に励みますが、しかしながら、マニュアルを作っただけで、多店舗化が順調に進んだり、仕事がうまく進むかといえば、そんなことはありません。
さて、みなさんはこの質問にきちんとした説明ができますか?
「なぜ、飲食店にはマニュアルが必要なのでしょう?」
通常は、皆で作業内容を統一化し、誰がやっても同じような仕事ができるようにするためにマニュアルは作るはずですよね。ですから、本来は、仕事を教える際の「補助的なツール」になるべきです。
しかし実際には、店に置いてあるだけで、新人社員や新しいアルバイトが入店した際の「読み物」になり、その後マニュアルを使って仕事を深めたり、内容を見直したりすることはほとんどないのではないでしょうか。
あるいは、もっとひどい店だと、「あれはマニュアル上ではね…」とマニュアルを全く無視した仕事をしている店もあります。これでは、せっかく「店の仕事の標準化」をはかるために作ったものが、全く役割を果たしておらず、これなら作らない方がいいでしょう。
さらにもう一つの課題は、「マニュアル通り」に忠実にやったとしても、その行動、仕事の目的等を把握しないで、ただ「マニュアル通り」やってしまうと、作業になってしまい、接客を例にとればお客様を感動させることができず、仕事に弊害をもたらすことも増えてきています。
マニュアルというとあまりいいイメージを持たない人も多いですが、その問題は、作業内容等を「作っただけ」のままにしておくからです。マニュアルとして書面化するだけではなく、マニュアルの活用方法まで仕組化できると、作る意味、効果があると言えます。そうすれば、マニュアルが「生きたマニュアル」となるでしょう。
2,マニュアルがあるのに、なぜ、時間が経つと質の低下が起こるのか?
・いつも間にか、接客の質が低下してきたり、
・いつも間にか、料理の質が低下してきたり、
・いつも間にか、以前はできていたことができなくなったり、
といった問題は、多店舗化を推進しようとしている小さな飲食企業でよく起こります。
こういったことが起こる理由としては、
・店舗のルールや基準(ゴール)が明確でない
・マニュアルが形骸化してしまっている、あるいは存在しない
・スタッフの教える力がまだ未熟
といったことが考えられます。特に、基準がなく、マニュアルがなく、教える力がまだ未熟ということが私の経験上としては多いように感じています。
これらのことが解消しないと、お店は増えても、売上がいつの間にか低下してしまい、店舗が増えないという状況を招いてしまいます。
2-1. 料理の品質が低下する根本原因
商品の品質が落ちる原因は、マニュアルと教える側のスタッフにあります。
通常、商品マニュアルは多くのお店で「手順」と「分量のみ」が記載された「レシピ」が活用されていると思います。これを活用し、新しい社員やアルバイトに商品つくりを教えていくのですが、どのような教え方をしているかといえば、恐らく「手順」と「分量」のみを教えているはずです。
しかし、この「教え方」では「教えられた側」は手順と分量のみを覚えようとしてしまい、最も料理で大切な「美味しい状態」で料理を完成させるという視点が欠けているのです。
そのため、手順は覚えていても、いつの間にか盛り付け方が変わってしまったり、最悪の場合、味までも変化してしまうのです。きっとアルバイトは、忙しい営業中ほど、「手順通り作業をすすめる」ことに意識が向いてしまっているため、こういったことが起こるのでしょう。

こういった事態を招かないようにするためには、商品を教える際に、
・どういった状態で完成させれば最も美味しい状態なのか(あるべき状態)
・あるべき状態をつくり上げるために何を注意すべきか
・商品を作り上げるためのコツは何なのか
などを「教える」際にきちんと教え、こういったことを「教える」ことを社内の風土として根づかせることができれば、品質もある程度高いレベルで維持することができます。
同時に、上記3点のことをマニュアルに記載することが重要であり、この3点をしっかりと「教える」ようなマニュアルの使い方を社内に浸透させることが重要です。
昔のように、「焼くだけ」「チンするだけ」といった料理ではもはやお客様を満足させることはできません。店内の加工度を高めなければ、お客様を満足させることはできなくなってきました。
そのためにも、「教える側」「教わる側」が時間がたっても高い品質が維持でき、また、商品つくりをマスターするスピードもできるだけ短期間で可能なマニュアル作りが必要だとも言えるでしょう。
2-2. 接客の品質を維持できない構造的な問題
接客に関しても同じことが言えます。
「いらっしゃいませ」という言葉はどの店でも使っていることばですね。しかし、この言葉の”言い方”がなかなか統一されていないお店が意外に多いはずです。
その理由は、お店としての「”いらっしゃいませ”のゴール」を設定していないからです。「いらっしゃいませ」という簡単な言葉にも言い方はたくさんあります。
・語尾を右肩上がりでいう言い方(活気が出る)
・語尾を下げる言い方(高級感がただよう)
・とりあえず言っているだけ(何も伝わらない)
さらに言えば、お店のコンセプトに合わせた言い方も大切です。もし、元気良さと活気を出したいお店なら、
「できるだけ語尾を上げて大きな声を出していらっしゃいませといい、この一言でお客様が『なんて活気のある感じのいい店なんだ』と感じることが出来る状態」
というように纏めると、「元気良さと活気を出したいお店」のいらっしゃいませの「あるべき姿(ゴール)」として明確になるでしょう。
これを皆で共有できていれば、いらっしゃいませの声がバラバラになったりしませんし、新人さんに教えるときにも「基準」を明確に伝えることができます。
もし、この「ゴール」がない場合、店長とスタッフ間で「いや、言っていますよ」「いや、こっちには全く聞こえない」という押し問答を繰り返すことになります。こうなってしまう原因は、お互いに「ゴール」を共有できていないからです。
上記の例だけではなく(例えば、クレンリネスなども)、「ゴール」の共有化ができていない、もしくは、曖昧になっているお店ほど、店の「質」はすぐに低下します。なぜなら、ゴールが正しく設定されていないため、教える側も正しく伝えられず、やる側も「どこまでやればいいのか、どのようにやればいいのか」という基準が確立されていないため、いつも仕事の仕上がりがマチマチになってしまうからです。
店の質が落ちてしまうのは、一見すると、スタッフの能力不足という問題として考えられることが多いかもしれませんが、実は会社としてきちんと「基準(ゴール)」を設定していないこと、また、その「ゴール」が共有化されていないことこそが本当の問題なのです。
そのためにマニュアルを作るわけですが、意外にこれまでに作られてきたマニュアルにこの「ゴール(基準)」がきちんと明示されているものは少ないのではないでしょうか。
3,「人を活かす飲食店経営」を実現するためのマニュアルの作り方
ステップ1:まずは、「無意識にやっていること」を言語化する
「人を最大限活かす」飲食店経営を実現するためのマニュアルを作るためには、「仕事を科学し、言語化する」ということが必要です。
では、まず、「言語化する」とはどういうことか?
これは、私が普段のコンサルティングで行っていることを例として説明するのが一番早いでしょう。
●ロールプレイングで、接客を言語化する!
先日あるクライアント先で、アルバイトさんを中心とした接客勉強会を行って来ました。テーマは、「無意識な行動を言語化する」です。
普段何気なく行なっているサービスや仕事を言語化し、そのサービスの意味や効用を理解することで、今まで以上にサービスの行為やことばに深みをもたせることが狙いです。
勉強会では、接客場面のロールプレイングを行いました。ここでは、ただ単にいつものロープレを行うのではなく、接客側、お客様役それぞれが、「どうすればお客様に良い印象を与えられるか」を考えながらロープレを実施してもらいます。
今回は、接客場面を「お出迎え」に指定し、二人一組となって何度もロープレを繰り返しながら、お互いに意見を出し合い、印象の良い接客につながるのかを考えながら行動してもらいました。その後、各人がテーブルに付き、出しあった意見を、紙面に「文字」に変換してもらいました。
出迎えという仕事を普段は何気なく行なっているわけですが、その仕事のポイントを改めて考え、「言語化する」というのは、実は、経験値が高い人ほど難しいようです。昨日も、経験年数の高い店長やスタッフほど苦戦していました。
これが、実は「教えることが下手」ということにも繋がるのです。
●「できる人」ほど、無意識に行動しているから、言語化が難しい!
例えば、接客を教えるにしても、「こんな感じでやって」と言っても、それで接客がうまくなる人は恐らくいないはずです。また、「こんな感じでやって」と伝えることで、クオリティの高い仕事ができるようになるわけがありませんよね。
「出迎え時には、お客様の目を見て(アイコンタクト)!目線を合わせて話すことで、お客様に安心感や信頼感を与え、好感度を向上させるんだ。だから、目を見て、そして、最高の笑顔で出迎えてほしい…!」
などと、接客時のポイントと効果等を言葉で分かりやすく伝えなければ、接客の仕事がうまくなるはずがありません。
自分が無意識に行なっている行為を、「ことば」で正しく伝えることが、アルバイトの成長を促すと共に、高い品質の仕事を行うことに繋がるのです。
このように、仕事の質を低下させないマニュアル作りの第一歩は、普段「無意識に行っていることを言語化する」ことであり、ここからマニュアル作りを始めてみましょう。
ステップ2:仕事を科学する視点を持とう!
無意識に行っていることを「言語化」すると、仕事のあるべき姿や目的やコツが抽出しやすくなります。
ただ、漠然と仕事全体を見ていては、普段の仕事を「言語化する」ことは難しいものです。そこで、必要になる考え方が仕事を「分解する」ということです。接客を改善するにしても、漠然と接客という「カタマリ」で捉えていては困難です。
接客という「カタマリ」で見るのではなく、仕事を「分解」して捉え、「分解した」仕事のそれぞれの「あるべき姿」「目的」「コツ」を抽出すれば、言語化しやすくなります。これが「仕事を科学する」ということです。接客サービスのレベルが高いと言われるスターバックスを例にだして考えてみましょう。
私達は、お客様の流れに沿って仕事を行います。特に、お客様と接する場面(接点)での対応で、お客様はその店の「接客はいい」あるいは「悪い」と判断されることが多いのです。スターバックスは、この接点を工夫することで、お客様の印象をよくすることにつなげています。
そのひとつひとつの接点を分解して検証してみましょう。

まず、出迎え時。
スターバックスは、通常飲食店で使用している「いらっしゃいませ」ということばを使用していません。「こんにちは!」「おはようございます」「こんばんは」ということばを使用しています。さて、ここからが大切なのですが、なぜ「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは!」ということばを使用するのか?
それは、お客様に親近感を感じてもらうためです。「いらっしゃいませ」と声をかければお客様は返答できませんが、「こんにちは!」と声をかければ、コミュニケーションが取れる確率が高まります。これは、スターバックスの店舗コンセプトが「3rd Place」(3番目の場所)であり、リラックスできる場所として活用してもらいたいという考え方から来ています(おそらくです。中西の仮説です)。
また、スターバックスにおいては、各接点、つまり、お客様と会話をする場面では必ず「アイコンタクト」(目線を合わせる)を意識するようにしてるように感じます。これは、お客様に安心感と信頼感を与えるためです。目線を合わせて会話することを心がければ、お客様の受ける印象は格段に向上します。
次の接点である「商品伺い」を見てみましょう。
いつも感心するのは、スタッフの「商品知識の高さ」です。この商品知識があることでお客様に「安心感」を与えるとともに、料理の味さえも高める効果があるのです。もし、ここで的確な商品説明ができれば、お客様は食べる前から印象がよく、料理もより美味しく感じるでしょう。
そして、最後の接点の「商品提供」にも工夫があります。
人は「待たされる」ことによってお店の印象が大きく変わってきます。スターバックスは、お客様の「不安感」を少しでも取り除くために、必ず商品作成しているスタッフが「声がけ」をしています。
「ただいま、●●の商品をお作りしています。もう少々お待ちくださいませ」
という「声がけ」を確実に行っています。この「声がけ」によって少し待たせても、お客様を「不快な気持ち」にすることなく、飲食を楽しむことができるのです。
ステップ3:「スタッフが考え、成長できるマニュアル」の構成要素
このように、スターバックスの仕事内容を「分解」すると、様々なことが見えてきますね。
これが「仕事を科学する」ということです。
このように、仕事を「分解」し、あるべき状態や目的を言語化することで、店舗の質は向上します。
そして、特に接客マニュアル作りで忘れてはいけないのが、飲食店のスタッフがやらなければならないことの本質です。それは、スタッフ自身が自分で考え、自分で状況判断して行動できるようになることです。
しかし、接客マニュアルにスタッフの発することばの一言一句や動作の一挙手一動まで明記してしまうと、最初からスタッフの「自主的な行動」や「考える力」を排除することになります。
ですから、「人を最大限活かす」ための接客マニュアルを作るには、スタッフ自身が「考える」マニュアル、スタッフが正しく「教えることができる」接客マニュアルが必要なのです。
マニュアルに必須の3つの要素
この店舗の質を低下させない「マニュアル」を作るために、まず以下の3つの核となる要素を明確にしてください。
① あるべき状態(ゴール)の明示
まずは、仕事の「あるべき状態(ゴール)」をきちんと示すことがとても重要なポイントなのです。「自分で考えろ」と言っても自由気ままに考えていいわけではなく、店の方針にそって「考える力」が求められるからです。
②目的(何のために)の明確化
次に大切になるのが、「あるべき状態」を達成するために、何のためにその仕事をする必要があるのか、つまり「目的」も明確にしておく必要があります。なぜなら、仕事の本質を理解して仕事をするためです。逆に言えば、「目的」のない仕事は辞めたほうが良いのです。
③ 仕事のコツ(ポイント)の言語化
最後に、もうひとつ大切なのが「仕事のコツ(ポイント)」です。これは、仕事をうまく進めるために必ずあるはずです。このポイントを意識してできるようになれば、「あるべき状態」を作り出しやすくなりますし、何より、このポイントをマニュアルに明記することで「教える側」の質が向上します。
マニュアルに含めるべき「5つの要素」とは?
上記①〜③の核となる要素に加え、具体的な行動内容と担当者を明確にすることで、マニュアルは完璧な「人を活かすツール」となります。
このように、下記の5つの要素を、それぞれのマニュアルの目的に沿った形で言語化することができれば、「仕事の質を低下させない、社員の「教える力」を補い、アルバイトが仕事を覚えやすいマニュアル」を作成することができます。
①あるべき状態(ゴール)
②目的(何のために)
③何を(具体的にどんなことをするのか)
④誰が(担当者)
⑤仕事のコツ(ポイント)とその理由
まとめ:マニュアルは「人を活かす飲食店経営」を実現する設計図
マニュアルは、単なる作業手順を統一するためのものではなく、活用方法まで仕組み化してこそ意味があります。
マニュアルの本当の価値は、単なる手順書を超え、
・仕事の「あるべき状態(ゴール)」
・その行動の「目的」
・成功のための「コツ」
を明確に言語化し、仕事の質を絶対に低下させない仕組みを築くことにあります。
この仕組みこそが、「仕事を科学する」視点であり、社員の「教える力」を補い、店舗展開しても品質がブレない、「人を活かす経営」の土台となるのです。
まずは、現場で「無意識に行っていること」を言語化し、仕事の「ゴール」と「目的」を明確にするところから、マニュアルを「生きたツール」に変える第一歩を踏み出しましょう。


