人件費上昇時代に問われる「利益構造の再設計」

2025年10月から最低賃金が東京では1,226円になったようです。
私のご支援先は、意外にも地方の方が多く、ここまで高くはないようですが、それでも、飲食店の経営者にとっては頭の痛いニュースです。
 
人件費だけでなく、物価も上昇し続ける今、飲食店の利益を左右するFLコスト(Food & Labor)を60%に抑え込む従来の常識」は、すでに『人が育たない』『売上が伸びない』という高コスト体質を生み出しています。 私たちが目指すのは、人を活かすことによる「FLコストの構造改革」です。
 
飲食店経営では、FLコストが最も高い経費項目。
この比率を60〜65%以内に抑えられるかが、利益を出せるかどうかの大きな分岐点です。
 
しかし今は、この比率を店で守ろうとすれば、どうしても「価格」に転嫁せざるを得ません。ただし単に値上げを行えば、“コスパが悪くなった”と感じたお客様の満足度が下がり、客数減少に直結します。
 
だからこそ――価格に見合う、あるいはそれ以上の「価値」をどう提供するかが問われているのです。
 
 
ここで、いま改めて考えたいのが経営の方向性です。
「人件費を抑える経営」ではなく、「人に投資して伸ばす経営」へ
その違いが、これからの飲食店の成長を大きく分ける時代になってきているのではないかと私は考えています。

 

 

「人」に投資することで価値を上げる店たち

この“価値を上げる”という考え方の中で、最近注目しているのが「人」への投資です。単なるコストではなく、“価値を生む資産”として人材に投資する動きが、少しずつ広がってきています。
 

①SNSで話題になったラーメン店の「値上げ理由」

数年前、SNS上で大きな話題になったラーメン店の張り紙を覚えている方もいるかもしれません。そこには、よくある「原価高騰につき値上げします」という理由ではなく、次のような内容が丁寧に書かれていました。
 
「スタッフにもっと給与を上げてあげたいのです!
半年後にも再度の値上げを予定しています。
スタッフの働く環境を良くしていきたいと考えているので、ご理解ください。」
 
投稿主は、車いすに乗ったお母様とその店を訪れたそうです。
昼時で行列ができるほどの繁盛店。ようやく案内された席は少し狭く、お母様の車いすが入りにくい様子を見たスタッフが、すぐに気づきました。
 
彼はすぐに他のお客様へ声をかけ、自然な笑顔で席を替えてもらえるように手配してくれたそうです。忙しい時間帯にも関わらず、慌てることなく、「こちらの方がゆったり座っていただけます」と穏やかに案内してくれた――
その光景が印象的だったと書かれていました。
 
そして運ばれてきたラーメンは、1杯1,200円を超える価格。
しかし、味も接客もその金額以上の価値を感じさせるもので、「またこの店に来たい」と自然に思えた――そう締めくくられた投稿は、瞬く間に拡散され、何万件ものシェアを集めました。

 

②クラウドファンディングで「人件費」を生み出す

もう一つ印象に残っているのが、今年の初めに目にしたニュースです。
ある飲食企業が、新店舗の開業資金をクラウドファンディングで集めたというものでした。
 
クラウドファンディングでの出店自体は、今ではそれほど珍しくありません。しかし、この会社が注目を集めたのは、“資金調達の目的”が他とは少し違っていたからです。
 
通常であれば、店舗の内装や設備費に充てられる資金を、あえてクラファンでまかない、その分を「人件費」へ回す――
つまり、スタッフにより良い給与や環境を提供するための資金に充てたのです。
 
オーナーは、「これからの飲食店は、まず人が報われる構造をつくりたい」と語っていました。人材への還元こそが、長期的に見ればお客様への価値提供につながる。そんな想いが、クラファンという手段を選ばせたのでしょう。

この取り組みにも、先ほどのラーメン店と同じく、「人をコストではなく、投資として扱う」という共通の理念が感じられます。

  

 

「うちは無理」と感じる会社にこそできること

こうした事例を聞いて、特に多店舗展開を始めたばかりの10店舗未満の企業様から、
「そんなの、うちには無理だよ」
「人に投資なんて、余裕がある会社しかできないでしょ」
――そう感じた方も多いのではないでしょうか。
 
でも、“人に投資する”というのは、いきなり給与を大きく上げたり、立派な教育制度を整えることだけを指すわけではありません。
 
人に投資するとは、“人が成長できる環境を少しずつ整えていくこと”であり、“前向きに働ける風土をつくること”です。
 
社員が力をつけていける仕組みを少しずつ整える。
職場を明るく、学びのある場に変えていく。
それができれば、必ず会社の空気は変わっていきます。
 
これが、本当の意味での“人への投資”なのです。
 
 
そして、人が本気で成長できる環境とは、社員が「自分はこの会社で力をつけていける」と実感できる仕組みがあることです。
 
それはたとえば、
 
・現場で必要な力を体系的に学べる研修プログラムがある。
・定期的に勉強会を開き、日々の仕事で得た知識を共有できる。
・上司や先輩が1on1やメンター制度を通じて、“頑張り方の方向”を一緒に考えてくれる
・努力がきちんと見える形で評価され、キャリアとして積み上がっていく――。
 
こうした仕組みが整っている会社には、「ここでなら自分も成長できる」と感じる人材が自然と集まってきます。
 
 
また、“前向きに働ける風土をつくること”の事例をひとつ紹介しましょう。
以前、私の支援先のひとつに、かつて採用広告に多額の費用をかけていましたが、いまでは「採用費ゼロ」でも応募が絶えないという会社がありました。
 
その理由は、店の雰囲気にあります。
お客様が店の空気を見て、「ここで働きたい」と感じるようになったのです。
 
スタッフが笑顔でイキイキと働き、仲間同士が自然に助け合う。
店全体に前向きな空気が流れ、その雰囲気がそのままお客様にも伝わっていきました。
 
結果として、応募者が増えただけでなく、お客様の満足度も上がり、売上も安定して伸びていきました。“楽しく働ける風土”が、最高の採用広告であり、最大の営業力になっていたのです。
 
もちろん、ただ“楽しい”だけではありません。
やるべきことを怠れば、しっかり叱責される。それでもスタッフたちは、「できるようになりたい」「もっと良くしたい」と前向きに挑戦を続けていました。
 
 
このように、「成長できる環境」と「明るい風土」の両方を整えていくことが、結果として“人に投資する経営”につながります。そしてそれは、どんな会社でも、今日から始めることができるのです。

 

 

人に投資する経営で、最初に取り組むべき2つのこと

“成長できる環境”と“明るい風土”を整えることで、人に投資する経営はすでに始まっています。

では、実際に取り組むとき、まず何から始めるべきか。
大切なのは、「採用を変えること」と、「小さなことから始めること」の2つです。
 

①採用を変える ― “成長意欲”で選ぶ

“人に投資する”という言葉を聞くと、
「給与を高くすれば、人が集まって、それに見合った仕事をしてくれるだろう」
と考えてしまう方もいるかもしれません。
 
けれど、実際にはそんなに単純な話ではありません。
最近は、環境や条件の良さだけを求めて応募してくる人も少なくなく、いざ入社しても、自分の責任を果たさず、「働きやすさ」や「権利」ばかりを主張するケースが増えていると感じます。
 
一方で、「もっと成長したい」「スキルを磨きたい」と考える人は、自ら努力し、結果を出して高い給与を得ようとします。そうした人材は、会社にとって最も大切な“財産”になります。
だからこそ、ただ“給与を上げる”のではなく、“成長意欲のある人”を採用し、彼らが本気で成長できる環境を整えること。
 
それが本当の意味での“人への投資”なのです。

 

②小さなことから始める ― “当たり前”を徹底する

すぐに給与を上げたり、大きな制度を変えたりするのは簡単なことではありません。だからこそ、まずは「今いる社員で、どう価値を高めるか」に取り組むことが大切です。
 
特別なことをする必要はありません!
どの店でもできる“当たり前”を、どこよりも丁寧に、どこよりも徹底すること。それこそが、最大の価値づくりです。
 
・どこよりもスタッフが元気
・どこよりも笑顔で対応できる
・どこよりもアツアツの商品を提供する
・どこよりも店がきれい
・どこよりも活気がある
・どこよりも新商品の提案頻度が高い
 
こうした“当たり前”の積み重ねが、お客様の信頼を生み、店の価値を高めていきます。信頼を得た店は自然と売上が伸び、それを給与や待遇に還元できるようになる。
 
すると、働く人たちはさらに意欲的になり、職場の雰囲気もより良くなっていく――。
このようにして、「人が育ち、店が伸びる“いいサイクル”」が生まれます。
 
つまり、「小さな一歩を積み重ねること」こそ、“人で差をつける”ための最初の投資なのです。大切なのは、派手な改革ではなく、「当たり前のことを、どこよりも真剣に続ける」という姿勢です。この地道な積み重ねが、やがて「人に投資する経営」の大きな成果へとつながっていくのです。

 

 

まとめ:「数字を変える勇気」を持とう

「人件費を抑える経営」ではなく、「人に投資して伸ばす経営」。
その違いが、これからの飲食店の成長を左右していくと感じています。
 
数字を見つめることは、経営において当然です。
ただ、これからは“数字を守る”だけではなく、数字を変える勇気が必要なのではないでしょうか。
 
人に投資することは、短期的にはコストに見えるかもしれません。
けれど、その投資によってスタッフの力が伸び、お客様への提供価値が上がれば、結果として売上も利益も上がっていく――それはすでに現場で起きている事実です。
 
“コスト削減”という常識にしがみつく限り、他店との差は埋まりません!
むしろ、「人に投資することで価値を上げる」という発想こそが、これからの飲食業界で勝ち残るための最も現実的な戦略だと、私は思います。

【追記】「私たちは、本部機能がまだ整っていない10店舗未満の企業様に対し、経営者が現場から離れられる『人を活かす仕組み』を構築することで、この問題を解決します。